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オウム死刑囚 7月26日、残りの6名の死刑執行

1か月に13人もの死刑執行は、明治時代の大逆事件以来とか。

7名の執行があった後、残りの人もすぐやるかと、思ったが、反響が大きかったので伸ばしたのかもしれない。ただ、ほぼ一斉の執行については、「臭いものにはふた」、の発想しかないのではないか印象を受ける。

死刑の当否の問題は一応置いておくが、以下引用の弁護団の声明にもあるとおり社会的事象としてのオウムの問題は解決されてはいない。

「オウム真理教事件について、刑事裁判の審理はともかく、「社会的事象としてのオウム真理教」というカルト問題としての調査や総括を国は行なってこなかった。一連の事件は、前代未聞の刑事事件というだけでなく、まじめで有能な若者が多数入信し、大きな社会的軋轢を生み続けていたこと、その活動がオウム真理教の法的な解散の後も現在まで継続し、問題を起こし続けているという点に大きな特徴がある。この調査・分析そしてそのまとめを行なうことは、日本という国にとって重要なことである。しかし、それらは全く行なわれていない。死刑執行された12名の信徒たちは、時代の証人としての重要な役割も果たしうる人物ばかりであった。全員死刑執行したことによって、一段落はつくものの、逆に社会的事情としてのオウム真理教問題まで、過去のものとされてしまう。」

アメリカ政府が、最近もオウムがテロ集団になったことに強い関心を抱いているというニュースを見たことがあるが、まずは日本で、今からでも、取り組むべきではないか。

週刊新潮掲載オウムの殺人事件

前の記事の殺人事件、とうとう上祐が立ち会っていたことを認めたそうだ。
殺人事件を見ながら放置し、語りもしないというのは、「宗教家」のすることか。
新実の話と、上祐の話とは食い違うが、残忍な殺人事件であることには変わりがない。
こブログにも以前書いたが、上祐とオウム問題で対談することがあり、その時に、「オウムの問題に向き合うなら、沢山いる行方不明者を探したらどうだ」と言ったことがある。
それがいまになってやっと認めたということだ。遅きに失する

麻原の死刑が執行された。オウム問題は終わらない

麻原の死刑が執行されてしまった。
オウム真理教には、行ったまま行方不明になった信者が多数いる。NHKの報道によれば、「50名を超える行方不明者リストがある」とのこと。
サリン事件等の後に、大阪で信者の親から、相談を受け、子供と連絡を取ろうとして、教団と交渉したことがあった。多くの信者についてはオウム側も情報提供してきたが、その中には、「麻原と会った翌日から所在が不明になった」ということで、何の情報も得られなれなかった人もしいた。そのまま20年以上が経過しようとしている。
オウム真理教事件の真相究明を言うなら、まずこのような行方不明者の捜索こそすべきではないか。少なくとも、オウムを犯罪組織であると判って入信した人はいないだろう。家族が心配しているケースもあるだろう。

麻原がこのような事実を含め、真相を語ることは無いと思うが、他の死刑囚や信者が話してくれることに期待したい。
元々、麻原以外の信者の死刑執行には私は反対だが、語ってもらえないまま麻原と同時に執行されたのはとても残念である。