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安部70年談話は必要だった?

1 以下の内容は、憲法前文、第9条を連想させるもので、ひょっとしたら、安部さんは、この声明を根拠に、安保法案(戦争法案)を撤回する。てこれることが期待できるかも知れません(真夏の夜の夢?)
「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。」
「 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別(けつべつ)し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」

「先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります」

2 以下の内容はおかいしのでは

「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」

これは、被害者の側が言ってくれるかも知れないことではあっても、こちらから勝手に言う内容では無い。不謹慎ともいうべき発言である。

読売新聞なんかは肯定的に評価している。しかし、国家の責任は永遠になくならない。中国は、侵略は以前の政府がやったことで、今の日本人民がやったこと、としてくれているが、戦争責任を免罪はしないだろう。安倍発言は、子孫のことを言っているが、むしろ国家の戦争責任の免罪を求めているようにも思える。

被害は忘れるべきでは無いし、加害者が免罪を言えるようなものでははない。

余りにも多数の、残酷、悲惨な死に方をしたのだから。

国内のことだが、沖縄戦の戦没慰霊の日の知事の発言は以下のようだが、これがおかいしいのか?

70年目の6月23日を迎えました。私たちの郷土沖縄では、かつて、史上稀に見る熾烈な地上戦が行われました。20万人余りの尊い命が犠牲となり、家族や友人など愛する人々を失った悲しみを、私たちは永遠に忘れることができません。

これが当たり前でしょう。

もっとも戦争中に日本で虐待されたイギリス人捕虜が、子孫まで責任を問うことは数百年前の奴隷貿易を問うようなものだと言ってくれている記事をみつけたが、それはありがたいことだが、こちらから言える事ではないでしょう